オタク活動の形態について、
考えを深めるための道具に
してもらえたらと思います。
はじまりは日本人と「神」に関する問いかけ
高校3年生の冬
担当の国語の先生に
来年、大学では何を学ぶのか聞かれて
哲学です、と答えたら
その先生からこんな返しが飛んできました。
「哲学かぁ僕も実は哲学だった。
それなら是非、
日本人はなぜ他国に比べて
宗教をそれほど
必要としていないのか、
なぜ宗教を持っていない
のにこんなに幸せそうなのか
その理由を考えてみてほしい。」
なんて言われました。
そのあとヒントみたいなことも付け加えて、
「例えばオタクたちが
好きなアニメキャラに対して
「神!」だなんて言ったりする。
そういうところから考えてみて。」
と言われて、
その時は変な質問だな、
と思ってそれほど気にかける
ことはありませんでした。
オタ活と「神」
この先生から受けた問いに
対してどう考えたかというと
そもそも今の日本人が幸せ、
というところが疑問ですね。
ですが、とりあえずここでは
それなりに楽しめてるってことに
しておきます。
問題は、
「日本人は宗教を必要としていない」
というところで、
ここのところがそもそも
ちょっと違うかなと
思うところです。
実は日本人も立派に信仰心があって、
それゆえに「宗教」
を嫌がるのかな、と。
日本人に信仰心!?
と思うかもしれませんが、
ここで高校の先生に出された
ヒントが役立ちます。
好きなキャラクターに対して
感動と、畏敬の念を抱いて
「神だ!」と言ってしまったり、
自分の部屋にそのアニメキャラの
ブロマイドやグッズを飾って
「祭壇」を作ったり、
好きなアニメが舞台になった
土地を訪れることを
「聖地巡礼」
と表現してしまったり、
割合身近な所に
宗教的な要素が隠れています。
日本人とオタ活と「神」
要は、
割と何に対しても信仰できる
アニミズム的な信仰心が
あるんでないかということです。
道端の石に
お地蔵さんを見たり
山を御神体にしたり
一見なんの変哲もないものに
神様宿ってると思い込むから
八百万も神様がいます。
オタク文化とアニミズムを
一緒くたにするのは
乱暴ですけど、
そんな感じで
自分の身の回りにある
圧倒的な存在に対して
すぐに頭を下げてしまう
習性があるんだと思います。
日本人特有のアニミズム的な
信仰心が幅を利かせていて、
現代のオタク文化にすら
その傾向が見られるほどに
根づよいので
「宗教持ってない」
けどある程度「幸せそう」
に見えるのかなと。
以上が宗教現象学やら
宗教社会学やらで取り上げられる
現代日本人の宗教理論だったと思います。
追伸
こういう風にオタク文化の傾向というか
隠れた(?)構造を覗いてみると、
オタクたち特有の
文化をつくろうと思えば
つくれそうな気がしてきますよね。
投げ銭システムなんてまさに
そうですし。
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